私・西川も,社を代表し参列してまいりました。
今からおよそ22年前にドレミ楽譜出版社さんから初版が刊行されました,「明解・音楽用語辞典」の編著者となられたのが竹内先生で,編集業務全般を弊社が受け持たせていただいたことで,本書の編集業務と通し,先生に大変お世話になりました。
当時の私はまだ学生で,社内ではアルバイトの立場でしたので,本書に関しては殆どお手伝いの形でしか携わっていなかったため,このときは先生に直接お目にかかれる機会はありませんでした。
それから時を経ること17年,この辞典を内容改訂する運びとなり,私はこのとき編集担当となったことで,初めて竹内先生と初めて,直接おやり取りをさせていただく機会に恵まれました。
お電話とメールのみでしたが,改訂の方針や内容をお伝えするにあたっても,私の口から説明申し上げる以上のものを察知され,すばやく行動に移されるそのお仕事ぶりが印象的で,そして,電話回線だけでのつながりとは思えないほど,私を暖かく包み込んでくださるようなお人柄に感動したのが,昨日のことのようです。
そして,このときが,竹内先生との最初で最後の交流になってしまったことが,残念でなりません。
お仕事で,ヨーロッパ各地を回られている途上での突然のご不幸とのことでしたが,お亡くなりになったのは,およそ1ヶ月前の3月1日だそうで,ご遺族やご友人による大変なご尽力のもと,ご生前に近いお姿で,数日前に帰国されたとのことでした。
式には,「明解・音楽用語辞典」の共著者であられる,同じく音楽研究家として高名な作曲家・鈴木静哉先生もお見えになり,教鞭をとられていた昭和音楽大学の同僚の先生方や教え子の方々,日本モーツァルト協会の関係者の方々などが多く参列されました。
先生のご遺志によるものとして,司会者や代表者の方のみならず,参列された方々お一人お一人が,先生との思い出,先生へのメッセージなどを語られるという独創的な葬儀の形で進行,麗らかな日和の下,モーツァルトの「ピアノ協奏曲 第20番」をバックに,最後のお見送りをさせていただきました。
先生には,私個人としましては短いお付き合いでしたが,パイン・プロデュースとしましては長きに渡りお世話になりました。
謹んで,ご冥福をお祈り申し上げます。
安らかにお休みください。
株式会社パイン・プロデュース
業務部 西川 紳一郎
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